福岡高等裁判所 昭和32年(ネ)325号 判決 1963年9月26日
判 決
大牟田市諏訪町二丁目八九番地
控訴人(選定当事者)
成清悟
(ほか四名)
右五名訴訟代理人弁護士
諫山博
同
谷川宮太郎
東京都中央区日本橋室町二丁目一番地の
被控訴人
三井鉱山株式会社
右代表者代表取締役
栗木幹
右訴訟代理人弁護士
村田利雄
同
松崎正躬
同
鎌田英次
右当事者間の昭和三二年(ネ)第三二五号解雇無効確認請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人が原判決別紙選定者名簿記載の者(但し、中山辰次郎を除く)に対し昭和二五年一〇月二一日になした解雇処分は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において、先ず、事実関係につき、
第一、原判決第一目録記載の者(但し、中山辰次郎を除く)と被控訴会社との間の労働契約関係が合意解約によつて終了した、となす被控訴人の主張について。
右主張の失当であることについては、原審において陳述したところであるが、控訴人はさらに、次の主張を追加する。
すなわち、同人等に対する被控訴人の解雇通告に労働契約の解約申入の趣旨が含まれているとすれば、その解約申入(解雇通告)は、控訴人等が従来主張したとおりその効力なきものであるから、右の被解雇者等がこれに応じて退職願を提出し、右申入を承諾したとしても、労働契約につき合意解約の効果を生じ得ないことは明らかである。
第二、本件解雇が憲法第一四条第一項、労働基準法第三条、に違反しない、となす原判決の判断の誤りについて。
≪以下省略≫
理由
被控訴人は、本訴は、過去の権利乃至法律関係の確認を求めるものであるから不適法として却下せらるべき旨主張するけれども、本訴の訴旨たるや本件解雇の意思表示の無効に因り被控訴会社と各被解雇者との間の労働契約関係が現存することの確認を求めるにあるものと解すべきであるから、右抗弁は採用し難い。
よつて、進んで本案請求の当否について検討するにこの点に関する当裁判所の判断は、原判決理由第二の一及び四の(一)の各認定資料に(証拠―省略)を、同第一の四の(三)の(1)乃至(3)の各認定資料に(証拠―省略)を加え、以下に附加訂正するほかは、原判決理由に説示するところと同一であるから、ここにこれを引用する。
(一) 原判決二〇枚目表六行目「共産主義者以下同八行目対象とするものであつて」までを「共産主義者またはその同調者であつても、それだけで解傭の対象とするものではなく、その者に事業の正常な運営を阻害する事実がある場合に限つて解雇の対象とする方針を示したものであつて」と訂正し、同二四枚目裏二行目「これを取上げなかつたこと」の次に「同組合としては事務上の手続として本件被解雇者の全部が解雇に因りその組合員資格を喪失したものとして処置したこと(当審証人(省略)の証言によりこれを認める)」を挿入する。
(二) 本件解雇通告がなされるまでの経過について。(補足)
(証拠―省略)を綜合すると、被控訴会社は昭和年二五年一〇月一五日三鉱連との間に締結した人員整理協定(乙第一号証)に基き同年同月一九日被解雇者等の所属する三鉱労組との間に交渉をなしたのであるが、右協定に掲げられた解雇基準は「事業の正常な運営を阻害する共産主義者またはこれに準ずる行動ある者」とされていたため、当初は右基準が共産党員及びその同調者たる事実のみによる解雇を可能とするものか否か、現実に事業の正常な運営を阻害した者のみに止まらず、そのおそれあるものをも含むか否か等かねて組合の危虞した点について、論議が集中したのであるが、結局、抽象的論議に終始するよりも、個々の解雇対象者に対する認定交渉の段階において個々的に討議し対象者を決定するにしかずとなし、各組合支部毎の具体的認定交渉に移り、原判決認定の如き経過の下に組合側も計一九七名を解雇基準該当者として承認し、本件各解雇通告後開催された三鉱労組中央委員会においてその結果を承認したことを肯認し得る。
(三) 本件解雇通告による解約申入の無効と合意解約。
控訴人等は、仮りに本件解雇通告に、労働契約に対する合意解約申入の趣旨をも含むとしても、右解約申入(解雇通告)は、控訴人等が従来主張した理由によりその効力を生じ得ないものであるから、これに応じて退職願を提出し、右申入を承諾しても、合意解約の効力を生ずるに由なきものである旨、抗弁する。しかし一方的な形成行為としての解雇の意思表示と合意解約の申入とは本来別個の意思表示であるばかりでなく、本件において仮りに両者が不可分的になされたものとしても、右解雇の通告に控訴人等の主張する無効原因はなく、また、原判決第一目録記載の者(但し中山辰次郎を除く)は、特段の事情なき限り退職願を提出することにより自己の退職に関して異議権を抛棄し、解雇乃至解約申入の効力を争わず、雇傭関係を終了せしめる、との意思を表示したものと認むべきであるから、いづれにしても、右解約申入を以て無効とすることはできない。よつて、控訴人等の抗弁は採るを得ない。
(四) 解雇の承認なる概念について。
控訴人等は、解雇は雇傭契約に対する一方的解除の意思表示であるから、解雇の承認ということはあり得ない。と主張する。
思うに、解雇は、控訴人等も指摘する如く、使用者の一方的な解除の意思表示に因りその効力を発生し、相手方たる労働者の承認を必要とするものではないから、この意味において、「解雇の承認」なる用語は理論的でない、といい得るかもしれない。しかし、これは、戦後の労働判例において既に慣用せられ、原判決も説く如く、解雇の効力を争うことをやめる旨の意思の表明があつた。という意味においてかかる用語を使用することは、むしろ適当であつて、控訴人等の非難はあたらない。
(五) 本件解雇無効の主張と信義則の適用。
当裁判所の引用する原判決理由の説示に明かな如く、同判決第一目録記載の者(但し中山辰次郎を除く)については、被控人との合意解約に因り有効に雇傭契約が解除され、同第二目録記載の者については、解雇の承認により、同第三目録記載の者については、裁判外の和解に因りそれぞれ本件解雇の効力が確定しているので、右事実に、被解雇者等がこれをなすに至つた経過、及び解雇後、長きは五年、短いものでも、二年乃至三年の長期間に亘つて訴訟その他の手段により会社に対して直接解雇の無効ないし不当を争う態度を示していないことその他同判決認定事実に照せば、仮りに本件解雇について、控訴人等主張のかしがあるとしても、現在に至つてこれが解雇の無効を主張することは民法第一条、労働組合法第二七条第二項等の趣旨に照し、信義則に反する権利の行使というべく、とうてい許されない。控訴人等は、占領下であつたこと、その他当時の情勢が解雇を争うのに不利であつたから、訴訟等による救済手段を採らなかつた旨主張し、次項に掲げた各証拠には、これに副うものがあるけれども、これらの証拠は、後記の理由によりいずれも当裁判所の信用し難いところである。
(六) 原判決が排斥した証拠のほか、以上の各認定に反し、あるいは反するかの如き、(証拠―省略)は、以上の認定資料に供した各証拠と対比して信用し難く、その他に右認定を左右し得る確証はない。
従つて、原判決第一目録(但し中山辰次郎を除く)乃至第三目録記載の各被解雇者と被控訴会社との労働契約関係はここに消滅したことは明らかである。
してみると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべく、控訴費用について民事訴訟法第八九条、第九三条、第九五条本文を適用し主文のとおり判決する。
福岡高等裁判所第四民事部
裁判長裁判官高 次 三 吉
裁判官 木 本 楢 雄
裁判官干場義秋は職務代行を解かれた為署名押印することができない。
裁判長裁判官 高 次 三 吉